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9 把手
会社のドアを押したのは、もうそろそろ、長い一日が終わろうかと云う時間だった。 守衛は迷惑そうに、今、鍵をしたところなんですがね、と言った。 部屋に明りを付けると、明らかに他とは違っている自分の席だけが目に入った。昼間には、乱雑を極めている筈のどの机の上も、只一か所の例外を除いて、今は、混沌を超越したかのように静かだった。 二日ばかり留守にしていた席に着き、机の上を眺めると、整理する心算だった書類や伝票が、急に疎ましく感じられた。終わってしまった会議の資料、見積依頼のメモ、既に伝え聞いた伝言、隣の男が片付け忘れた伝票、新しい製品の能書、販売見込みの記入用紙、・・・想像もしていなかった金額の請求書!・・・。
これからじゃ遅いですか? もう日が替わったと云うのに、街は相変わらずの人混みだった。車を駐車場に入れ、店の前に辿り着いた時には、無駄になってしまった切符と、扉を開けるための最後の力の他には、何も残っていなかった。 把手に手を掛けた。扉には「CLOSED」の札が掛かっていた。何時もなら殆ど抵抗の無い筈の扉が、その時程、重く感じられたことはなかった。扉に引き摺られながら、店に入った。 そこには、客の残した煙草の匂いだけがあった。椅子に腰を降ろすと、身体は、その儘、何処までも沈み込んで行くようだった。
-Aug/23/1997-
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