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[小説 時] [39 本家]

39 本家

 血腫の除去は無事済んだ、各脈圧にも異常はみられない、頭蓋内圧が亢進しなければ、或いは、と云う期待があったに違いない。

 朝一番に院長は宿直医の報告を受ける、好ましい兆候は何処にも見られなかったが、それでもまだ望みはあると思ったかもしれない。

 だが、そうはいかなかった、・・・内圧が亢進し始め、脈圧も除々に低下し始めていた。

 午前のことだ。

 それから先は、只、坂を転げ落ちるように容態が悪化していく、誰も手の施しようもない、・・・脳機能がほぼ停止したことを確認するに及んで、執刀医と相談するために受話器を取る、執刀医が駆け付けて来る、恐らく、検査の結果を見れば、結論を出すのに時間をかける必要はなかったに違いない、・・・。

 家族に連絡を取るよう指示する、・・・それからは、見た通りだ、・・・。

 院長が最終的とも思える報告を受けていた頃、本家には、代理人と父を含めて主だった親族が集まっていた、・・・名目は議員の提案を相談すると云うものだった、しかし、それだけのことであれば、相談など必要のないことだった、本家が決断すればそれで済むことだったのだ、にも拘らず、殆どの親族が唯々として集って来た、・・・代理人の持っている封筒は、父を抑え、事故を清算するためのものだと云うことを、知らない者は一人もいなかったに違いない、・・・そして、それは達せられた、・・・誰もが、過不足なく、期待していた獲物を手に入れた、・・・。

 何故それ程までしなければならなかったのだろうか、直接父に頭を下げさえすれば、それで済んだことだ、・・・父は、確かに、気難しいところがある、だが、それだけなのだろうか?・・・いや、それだけじゃない、・・・一体、秘書が起こした事故を理由に、父が会長を辞任しようとするだろうか?・・・昨日今日の付き合いならまだしも、父の性格を知らない筈がない、むしろ、直接話をしなかったと云うことで、逆に父が意地を張り出すと云うことの方が大いにあり得ることだ、何故そんな危険を冒したのだろうか?

 或いは、叔父や兄の言う通りかもしれない、運動場用地として本家の土地はどうかと云う相談はできるが、その工事を父の会社に発注すると云う話はできない、・・・しかし、どうしてもそれを伝える必要があった、・・・口にしてしまえば、外に洩れないと云う保証はない、だからこそ、本家へ話を持ち込まざるを得なかった、・・・巧妙だ、・・・それは解る

 そうじゃない、疑問なのは、秘書の起こした事故だと云うのに、責任の取り方が大袈裟過ぎるのではないかと云う点だ、・・・。

 秋には息子の初めての選挙がある、父が必要なことは明かだ、・・・今度のことで父が後援会を脱会するようなことがあれば、かなりの影響を覚悟しなければならないだろう、それを恐れたに違いない、・・・そうだ、父をどうしても今の位置に置いておく必要がある、父の持つ票のことよりも、選挙を控えて後援会の会長が辞任すると云った不祥事の影響の方が、遥かに心配だった、そのために、搦め手を攻めた、父は城を出ることができなくなった。

 何と云うことだ、・・・混乱していただろう頭で、・・・。

-Oct/4/1997-

・・・つづく・・・



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