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[小説 時] [58 緑青]

58 緑青

 白の方が良かったかな?
 やっぱり赤でしょう。
 そうだね。・・・さあ、・・・。乾杯!・・・長い間、ご苦労さまでした。
 乾杯。
 乾杯。・・・たっぷり飲むんだよ。
 酔わないかしら。
 大丈夫さ。この娘は、なかなかの酒豪だからね。・・・何しろ、潮の匂いよりも、酒の匂いがする位だから。
 別れるって、・・・やっぱり、寂しいわね。
 何時も、走れ走れって、そればかりだったよ。でも、今考えれば、きっと、精一杯走ってたんだよね。
 確かに、そうだったな。・・・今考えれば、確かに、精一杯走ってたよな。
 そんなふうには、考えたこともなかった。今頃になってそんなことを言い出しても、遅いんでしょうけど、何時も後悔しますよ。もっと早く、できることがあったんじゃないか、って・・・。それが何時も、間に合わない頃になってからですけど、・・・。我儘なんですよね。・・・そうですね。・・・別れるって、やっぱり、淋しいことですよね。
 もう一度、会いに来れるさ。
 その時は、・・・。
 さあ、戻ろう。折角の料理が冷めてしまう。

 扉の緑青が浮いたプレートを外して、船を降りた。

 陽が落ちれば、周りは真っ暗だった。夏場なら賑やかなその辺りも、この季節のこの時間には、殆ど人影はなく、ひっそりとしていた。駐車場にも、車はまばらだった。

 身体を動かして汗をかいたのは、久し振りのことだった。足は浮腫み、腕や腰は思うように曲がらなかったし、背中は痛み、足の裏には、殆ど、感覚がなかった。しかし、不思議にその疲労を感ずることはなかった。

 それでも、車が動き出して暫くすると、沈み込むような感じが周期的に襲ってきた。何度も、それに耐えようとした。何度目かまでは耐えることができた。幾つかの光が視界を横切って、そして、去って行ったことも覚えていた。しかし、それから後のことは何も記憶に残っていなかった。何処で車を降り、どのようにして自分の部屋に辿り着いたかも、覚えていなかった。

 只、微かに、夢の記憶があった。

 部屋は冷え切っていた。足や腰をさすりながら熱いシャワーを浴びると、すぐ横になった。もう、目を開けていることはできなかった。

 その夜、夢の続きを見た。

-Nov/2/1997-

・・・つづく・・・



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