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[小説 時] [161 感触]

161 感触

 駆けた。身体中の震えが止まらなかった。震える理由はないと、言い聞かせ続けていた。しかし、何の効果もなかった。足の裏に地面の感触がなかった。身体は前に進まなかった。早く帰りたいと思っていた。まだ少しは温もりの残っている自分の部屋へ、・・・。

 そこにでは、気を置かずに酒を飲むことができる、或いは、熱いシャワーを浴びることもできるだろう、・・・バッハやモーツァルトを聞くことも、積んだ儘になっている本を読むことも、できる、・・・。部屋にいることに耐えられなければ、映画を観に出掛けることも、気に入った絵を見に出掛けることもできる、・・・。一人では不安なら、電話を掛けて、取り留めのない話をすることも、他愛のない話を聞くこともできる、・・・。それでも不足なら、少しばかり車を走らせて、人に会いに行くことさえもできるだろう、・・・。
 だが、今は、足が宙に浮いた儘だ、・・・。

 店を閉めようとしていた女は驚いたように、どうしたんですかと言った。

 いや、・・・車を呼びたくて、・・・。
 やはりね、そうだと思ってました。・・・帰った後、みんなで、あの様子じゃきっと無理でしょうね、って、話をしていたんですよ。

 女は、手を掛けた儘にしていた取っ手を引いて扉を開け、店の明りを付けた。そして、受話器を取った。しかし、車は出払っていると云う返事だった。壁に貼ってある電話番号の一覧を覗き込みながら、あの様子じゃ、きっとだめかもしれないわねと言いながら、改めて受話器を耳に当てた。・・・女の呟き通り、やはり結果は同じだった。

-Oct/3/1999-

・・・つづく・・・



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