[小説 時] [6 事故] |
6 事故
病院から連絡があったのは、姉が買物から帰って、車を車庫に入れ、荷物を降ろそうとしていた、丁度その時だった。電話が慌てたように鳴り始めた。 受話器は、母が事故で入院したことを告げた。そして、すぐに来て欲しいと言った儘、もう何も言わなくなった。何度か、どう云うことなのかを尋ねた心算だった。しかし、相手からは、何の反応も無かった。 受話器を持った手の感覚が、ゆっくりと、退き始めていた。膝が床に落ちた。受話器は、震えた姉の手から離れなかった。 まず、立ち上がろうと思った。 鍵、・・・鍵は何処? 車が動き出しても、手の震えは止まらなかった。足は冷え切って感覚が無かった。肩や首や背筋や腰も、死人のように冷たかった。歯が音を立てた。・・・何処にも何も感じられなかった。只、車と頭だけが意志を持たない儘、騒がしい程に動き回っていた。 幾つかの信号を、無視したような気がした。 病院に着き、車を降りる、姉は、駆けた。 窓口で名前を告げると、受付の看護婦は待合室の椅子を指差して、待つようにと言った。待合室にいた何人かが一斉に姉を見た。 すぐに、応対した看護婦がやって来た。姉は、弾かれたように立ち上がった。 鍵を、貸していただけますか? 車は玄関を塞ぐように停まっていた。姉は握った儘だった鍵を渡した。掌には、赤く鍵の跡が残った。 待つ、って、・・・どうして?・・・何を? -Aug/23/1997-
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