[小説 時] [7 診察] |
7 診察
待ったのは、気の遠くなるような、しかし、僅かな時間だった。気が付くと、傍には一人の看護婦が立っていた。そして、姉の肩に手を掛けながら、覗き込むようにして、案内しますと言った。看護婦の後に従いながら、姉は、父に連絡を取りたいと思った。そして、後ろを振り向こうとした時、看護婦は立ち止まって、「院長室」と黒書された札の掛かっている扉を開けた。促されて姉が部屋に入ると、扉は慎重に閉じられた。扉が閉まる音を最後に、その白い部屋には、何の音も、何の色も、何の形も無くなってしまった。自分を地面に抑え付けていた力さえも、・・・。 白衣の男は、口を不自然に閉じた儘、聞き取りにくい声で、座るようにと言った。 実は、お母さんは、今、集中治療室におられます。・・・これからご案内しますが、その前に、少し、事情を説明しておいた方が良いと思いますので、・・・。 どう云うことなんでしょうか? 二時間程前に、お母さんが、・・・運び込まれて来ましてね。・・・早速診察をしたんですが、・・・どうも、・・・。そうですね。・・・気を落ち着けて聞いて下さいね。 ・・・・・。 お母さんが自動車と接触・転倒して、右側頭部を強打、・・・この辺です。硬膜外に相当量の出血が認められました。硬膜外と云うのは、頭蓋骨と硬膜の・・・。まあ、細かい説明は後にしましょう。・・・これから、急いで血腫の除去と止血の手術をしなければなりません。・・・出来るだけのことはする心算ですが、只、そうは言っても、検査の結果を見る限りでは、非常に難しい手術になることだけは確かです。その点を、充分、理解しておいて戴きたいんです。・・・他には、右上腕骨、右大腿骨等の骨折、・・・心臓は、心拍数が若干上昇していますが、その点を除いては現在のところ異常は認められません。・・・そう云ったところですね。 ・・・・・! お父さんやご兄弟は、ご存知ですか? ・・・いえ、・・・。 そうですか。それじゃ、・・・。 ・・・・・。 こうしましょう。あなたは、どうも、少し休まれた方が良さそうだ。その間にこちらで連絡を取りますから、ご案内するのはそれからにしましょう。手術までには、もう少し時間が掛かりますからね。 ・・・・・。 それで良いですね? ・・・・・。 普通は、こう云う事故の場合、会って貰うのが辛いんですよ。でも、お母さんは、殆ど傷らしい傷は無くて、・・・。それだけでも、 少しは慰めになるかな。 ・・・・・。 それじゃ、少し休ませてあげて。それからね、連絡先をお聞きして、誰かに連絡を取るよう指示して、・・・。急いで。 -Aug/23/1997-
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