[小説 時] [12 混雑] |
12 混雑
何をしてるの!・・・帰って来るんじゃなかったの!今、やっと片付けが終ったところなんだよ。これから出るけど、何か、あったんだね? 会社へも、部屋にも、・・・何度も、電話したのよ! どうしたの? 昨日、お母さんが、・・・車に跳ねられて、・・・、病院へ、・・・! 跳ねられた?・・・お母さんが? そうよ。急いで、帰って来て。・・・さあ、早く電話を切って! 分かったよ。でも、その前に、もう少し事情を説明してよ。 早く、・・・! 落ち着いて、ね?・・・さあ、お母さんが、どうしたって? どうして、・・・いてくれないのよ!・・・肝心な時に、何故・・・。 ねえ、聞こえない。 ・・・・・。 急いで帰るよ。着いたら、すぐに連絡する。・・・分かったね? 姉は、なかなか受話器を置かなかった。何も言えなくなった姉が、頻りに暗示しようとしていることを、次々に想像してみた。結果は、どれも惨憺たるものだった。 急がなければならない、・・・。 椅子を蹴り、階段を降り、会社を出、出社する社員と擦れ違うたびに曖昧な挨拶を繰り返しながら、駅までの道を駈け続けた。駅は、既に、朝の混雑が始まっていた。 改札口の人混みの中で、身体よりも遥か先を歩いている自分が居ることに気付いた。しかし、近付こうとする努力は無駄なようだった。人は途切れなかった。そして、次第に距離が開き、ついには階段の途中で消えたかのように見えなくなった。 何処へ行ったのだろうか、何処へ行こうとしていたのだろうか、・・・。 -Aug/27/1997-
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