[小説 時] [20 膨縮] |
20 膨縮
街へ向かう道は、時折り思い出したように右へ、或いは左へ曲がりながら大きな橋に掛かる。その橋への道を昇り切ると、滔々とした水の流れを見ることができた。川は、左の方から橋を潜って右へ抜け、ゆったりと蛇行しながら、そして見えなくなった。釣りをするにも、水浴びをするにも、格好の場所だった。暫く続いた雨のせいで、水は濁っていた。車を止め、川の水を眺めながら、確かに水は低い方へと流れている、・・・それが道理なのだ、・・・例え、それに叶わないことがあったとしても、それだけを以って道理を変えてしまうことはできない、それ程のものなのだと、考えていた。 しかし、振り払おうとしても、執拗に纏わり付いて離れないものが、そこにあった。それは、未だに消化し切れないものの詰まった胃の中で、膨縮を繰り返しながら、次第に大きくなっていった。 橋を過ぎ、坂を下り始める、・・・そして、窓を開け、速度を落とした。 暫くすると、昨日の、・・・その跡はあった。車を止めた。しかし、降りなかった。窓の内側からでも、倒れた稲の形を見ることはできた。道路に残った二本の黒い線も見ることができた。此処で何が起きたのかは、それだけで充分だった。凭れた胃に、もう、それ以上のものを詰め込む気にはなれなかった。 車は駅に向かった。 長男に店を委せてからは、滅多に顔を出すことがないと言っていた叔父は、しかし、今日も相変わらず手を後ろに組みながら店の中を歩き回っていた。 店は改装したばかりで、以前とは較べようもない程明るくなったが、どうやら、それが叔父には気に入らない様子だった。店員が増えた。それも気に入らなかった。 車を、お返しに来ました。 車? ええ、・・・急いでいたもんですから、無理にお借りしました。 そんなことより、その後何か変わったことはないか? これから、もう一度、病院へ行ってみます。詳しいことが、今は何も分からないもんですから、・・・。 心配なことだ。午前に聞いた話では、一進一退と云ったところらしいな。何んとか持ってくれれば良いんだが。 そうですか、・・・やはり、・・・。 どんなことがあっても、取り乱したりするんじゃないぞ。 ええ、・・・自信はありませんが、・・・。 -Aug/31/1997-
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