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[小説 時] [22 魚篭]

22 魚篭

 商売のためなら、どんな遠回りだってするさ。
 政治も商売ですか?
 そうでなくちゃ、誰があんなことに血道を上げるかね?
 話は付いた、って・・・。
 そんなことは分かってるさ。・・・聞きたかったのは、その条件だよ。

 これは、少し難しい。・・・自分の後援会の会長を務める男が相手だからな。素人が相手じゃない。それに、何しろあの気性だよ、中途半端なことで、後に尾を引いては困る。・・・そうなると、揚げ足を取られるようなものじゃないってことだけは確かだろうな。それが何かは、分からんがね。・・・それにしても、本人じゃなくて本家の方に話を持って行ったと云うのは、どうして急場の計算にしては良くできた。
 何んとなく、解るような気がしますけど、・・・。
 聞いてみれば、さぞかし納得するだろうよ。
 でも、腹立たしい話ですね。
 そうとばかりは言えないかもしれん。
 そうでしょうか?
 先方とは長い付き合いだし、事故が起きてまだ一日だ。本人同志よりは、代理人の方が話を着け易いだろう。
 それは解りますが、・・・何故そんなに急ぐ必要があるんです?。
 こう云う話は、どんなに隠そうとしても必ず洩れるし、しかも、時間が経てば経つ程、洩れた話は膨らむもんだ。そうなっては困るんなら、誰だって、少しでも早く手を打とうとするだろうな。

 さてと、もうそろそろ時間だ。・・・あまり駄々を捏ねて困らせるなよ。大人には大人の遣り方がある。何しろ、年齢を取ると、嫌でも柵が増えるからな。・・・まあ、此処はもう少し、お手並拝見といこうじゃないか。
 父も、似たようなことを言ってました。
 そうだろうな。それが良い。

 叔父は、子供の頃、良く釣に連れて行ってくれた。

 食事の時以外は殆ど無言だったが、糸を垂れている時に声が掛かれば、それは何時も、辛抱しろ、の一言だった。しかし、子供はじっとしていることが苦手だった。竿から手を離せば、そんな時には、離すな、の声が飛んで来た。

 それでも、細い糸を伝って届いて来る魚が針に掛かる瞬間の感触や、釣り上げた魚の思いも掛けない力や、帰りの魚篭の重さを手に感じることができさえすれば、それだけで叔父が誘ってくれたことを感謝せずにはいられなかった。

釣りの最中には寡黙だった叔父も、帰りの車の中では饒舌だった。その叔父が呑込みの悪い甥に教えようとしていたのは、只、忍耐と集中の総和は常に釣果に等しいと云うことだったのだろうと、考えていた。

 しかし、その日の重そうな魚篭の中身が何かは、叔父でさえ見当が付かなかった。

-Sep/7/1997-

・・・つづく・・・



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