[小説 時] [28 伯母] |
28 伯母
午を過ぎる頃から、遠来の親戚が着き始めた。その都度、叔父は泊まることになる親戚を、自らが決めておいた部屋へ案内するために席を立った。父の二人の弟夫婦が着き、伯母と母の妹が着いた。某省官僚の家に生まれた伯母は、母の結婚には反対だった。夫は博士号を持つ病院の院長であったし、子供達もそれぞれ医師や役人や教授であり、自身も当時としては数少ない大学出であったと云う、一種独特な家庭にあった伯母には、娘が自らの連れを選ぶと云ったこと自体、耐えられないことだったに違いなかった。それ以来、今に至るまで、一度も娘の家に来ようとはしなかった。しかし、皮肉なことに、八十を越えて初めて、それまでの自分を支えて来たであろう我を折ることになった。 そしてそれは、あらゆる意味で、遅過ぎたと云うことを知る機会でもある筈だった。 どうして、もっと早く連絡してくれなかったんですか! 容態がはっきりしなかったもんですからね。 はっきりしてるじゃありませんか。わたしはあの娘の母親ですよ。何を差し措いても、連絡してくれる位のことは当り前でしょう? 確かに、仰る通りです。 それじゃ、何か連絡できない訳でもあったんですか? まさか、そんなことはありませんよ。 一日も経って、しかも、こんなことになってからなんて、・・・。 お母さん、・・・。 あんたは黙ってらっしゃい。 お母さん、もう良い加減にして、・・・。そんなことを言っても、お姉さんは喜ばないわ。それに、お兄さんだって、それどころじゃなかったのよ、きっと。 だからと云って、我慢できることじゃありませんよ。 ごめんなさいね、お兄さん。お母さん、少し疲れてるようで、・・・。何しろ、久し振りの長旅でしたから、・・・。 わたしは疲れてなんかいませんよ。 それで、これからどうするお心算ですか? あまり複雑にしないと云うことで、話が付きました。 何が複雑なんです? 示談と、・・・そう云うことですか? 簡単に言えば、そう云うことですね。 それじゃ、あなた、犯人は野放しって云うことじゃありませんか。いやしくも、人一人が死んだんですよ。それをお金で済まそうだなんて、・・・。 お兄さんは、それで良いんですね? 小さい町ですから、そうするのが一番だったと思いますよ。 何が?・・・何処が一番なんです! お母さん!・・・落ち着いて、・・・。 わたしは落ち着いていますよ。 そうですね。お兄さんにお委せしましょう。それが一番よ。ねえ、そうでしょう、お母さん? 伯母が苛立っていた理由は、外にもあった。それが何か気が付かなかったのは、一人、伯母だけだったかもしれない。 -Sep/14/1997-
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