[小説 時] [35 混沌] |
35 混沌
姉が傍にいた。大丈夫? どうしたの? その儘で良いのよ。少し休みなさい。 何も覚えていない、・・・。 無事済んだわよ。 お母さんは? 後で、・・・。 起きるよ。 だめよ!・・・もう少し、そうしていなさい。 大丈夫だよ。それより、姉さんの方はどうなの? わたしのことより、自分の身体のことを心配して、・・・。何か欲しいものはある? 別にないよ。 そう、それならもう行くわよ。何か欲しい物があれば、呼んでね。 何もいらない。 子供の頃を思い出すわね。良くお風呂場で倒れて、大騒ぎしたでしょう? そうだったね。 無理をしないで。・・・そうだ。背広が届いたわよ。 背広? 頼んだんでしょう? いや、知らないな。 そう?・・・じゃ、一体どうしたのかしら。 お母さんじゃないかな? そう、・・・そうね、きっと。 賑やかな声が聞こえていた。何もすることがなくなった時の、あの、ふっとした静まりを恐れることに由来する騒々しさが、ようやく上澄み始めた頭の中に、飛び込んで来ては駆け回り、そして、飛び出して行った。後には、再び混沌が残った。 祭の最後の日を、簡単には終わらせたくないと思っている人達と、早く切り上げたいと思っている人達が、淀みなく注がれる酒のためにどちらも汗まみれになりながら、賄いの人達の半日を費やした料理を瞬く間に消化した。これが供養なのかと、・・・しかし、どうして、これも悪くはないかもしれない、・・・。そう考えながら、徳利を持ち席を回った。 久し振りに合わせる顔があった。話は判で押したように同じだった。一通り済ませてしまうまで耳が持ち堪えてくれるかどうか、それが心配だった。 陽が沈み始める頃には、それまでの喧噪が嘘のように静かになった。客の帰りを待っていた賄いの人達が、修羅場となった座敷の片付けを始めた。片付けられた後には、又、新たな席が設けられた。そこに役目を終えた賄いの人達が座った。二日の間、飽くことのない胃袋のために、ひたすら動き回っていた人達だった。その人達に代わって、今度は、叔母や姉が動き回った。 誰もが疲れていた。賄いの人達は簡単に食事を済ますと、申し合わせたように、母の前で掌を合わせ、そして、帰って行った。 気の遠くなるような時間を費やした最後の一日が終わった。・・・しかし、一体何が終わったのだろうか、・・・この数日間で部屋に染み付いてしまったものが消えるまでには、まだかなりの時間がかかるだろう、だが、それも一日毎に退化していく、それを望まない者があっても、時は、そうしたことを斟酌することはない、そうでもなければ、人は自分の過去に押し潰されてしまうに違いない、・・・と思った。 -Sep/21/1997-
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