[小説 時] [52 獲物] |
52 獲物
型通りの式次が済むと、身内だけの気安さからだろう、まだ手にも入れていない獲物の評定が賑やかだった。その話題を提供したのは、地方版の中段に載った、それまで支えのなかった手形が、具体的な裏付けを持っていることを知らしめるのに充分な、一つの新聞記事だった。誰も、その意味を知らなかった。それは、秋になれば、誰でもが知り得る話だった。にも拘らず、何故この日に合わせて記事になったのか、誰も知ろうとはしなかった。そして、掌に感じる重みが具体的になればなる程、その後ろ側にあるものは次第に視野の外に去って行くようだった。事実、獲物を手に入れるために払った代償がどんなものだったかを、思い出そうとする人は少なかった。・・・何もかもを、急がされているような気がしていた。・・・それこそが、記事の目的だった。 お父さん、昨日、事故を目撃したと云う人に会って、話を聞いたんだよ。 それで? どうして驚かないの? どうせ、作り事だ。 やっぱり、知ってたんだね。・・・そんなことだろうと思ってた。 もう、その話はするな。 警察で、目撃した通りの話をして欲しいって、頼んでおいたよ。・・・尤も、行くかどうかは、本人次第だけどね。 恐らく、行かないだろう。・・・行くとすれば、首を覚悟しなくちゃならん。 それが気掛かりだとは言ってた。 それが当然だろうな。第一、行ったところでどうなる?・・・警察が真面に聞いてくれるとは思えんし、仮に再捜査となっても、期待している結論が出るとは限らない。起訴されることになっても、それまでにはかなり時間がかかる。その上、裁判が始まれば、何時終わるか誰にも分からん。・・・その間、仕事は干される、逃げ出すこともできない、・・・そんな分の悪い賭けに乗る筈がないだろう。そうでなくても、今は何処も苦しい。 確かに、そうだね。・・・納得はできないけど、・・・。 -Oct/25/1997-
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