59 矛盾
時計の助けを借りずに目を醒ますことのできた朝は、例外なく、朝刊を読める程の余裕があった。その日も、確かに、出勤の仕度を始めるまでにはまだ充分な時間があった。只、何時もとは違って、新聞を手にすることも、朝食を摂ることも、シャワーを浴びることもしなかった。
鉛を詰め込んだような頭の中には、夢の跡が残っていた。しかも、それは、何の矛盾も欠落もない、事実そのものであるかのように生々しいものだった。
どうしたんですか!
人を、・・・撥ねた。
えっ!
どうしたの?
急いで、先生を呼んで下さい!
どうしたの!
事故を起こしたらしくて、・・・。
まさか、そんな、・・・。
先生を、・・・。
何事だ!
人を、・・・撥ねたそうです。
えっ、・・・!
あなた!
しっかりして下さい。・・・大丈夫ですか?・・・此処へ、・・・座って、・・・。
どうした!
お父さん、・・・!
どうしたんだ!・・・黙っていたんじゃ、何も分からんだろう!
実は、・・・。
困ったことをしてくれたな。・・・どうしたら良い?
取り敢えず、・・・警察へは、連絡をした方が、・・・。
警察?・・・秋には、選挙があるんだぞ。何を連絡するんだ!・・・人を轢いた?・・・馬鹿なことを言うんじゃない!・・・そんなことをしてみろ、一体、どうなる?
しかし、・・・この儘では、・・・。
何かある。・・・待て。・・・何か、方法はある。
取り敢えずは、怪我人を運ばないと、・・・大変なことになるかもしれませんよ。
それもそうだな。・・・それじゃ、すぐに病院へ行ってくれ。
わたしが、ですか?
そうだ。・・・こんな状態じゃ、こいつを行かす訳にはいかんだろう。
しかし、それじゃ、わたしが、・・・。
それ以外に、何か方法があるのか?
状況を聞かれても、説明ができませんよ。
今、聞いた程度のことを話しておけば良いんだ。後のことは、帰ってから打ち合わせれば良いだろう。・・・詰まらんことを話すなよ。
分かりました。
とにかく、病院の方が済んだら、一度、帰って来い。・・・それからだ。
-Nov/2/1997-
・・・つづく・・・
|