[小説 時] [68 椅子] |
68 椅子
分かってる。・・・分かってる心算だったんだが、今日は何度も口に出掛かったよ。その度に飲み込んだよ。計算しながらの話は、話す方も、それを聞かされる方も、疲れるだけで何も良いことがない。彼女は昔から頭が良い。・・・心配はないよ。きっと、お前の要領を得ない話もちゃんと理解してくれるさ。 本人はそうでも、周りがどうか、それが心配なんだ。 それよりも、繰り返すようだが、良く考えて、・・・できれば、思い留まって欲しい。そうすれば、少なくとも彼女を救ってやることはできるんだよ。それを、どうしても言っておきたかった。 一連の経緯を知ってるのは、お前だけだ。できそうもないようなことを言ってるんだとは思わないか? 冷静になれよ。・・・お前は、支払ったものと同じものを要求しているだけだと思ってるんだろうが、そうじゃない。包みの大きさばかりに気を取られていると、開けた時にがっかりするのは、間違いなくお前の方だ。 どうしたら良い? それを決めるのは俺じゃない。どの道を選ぶかはお前の問題だよ。・・・只、迷った時には、立ち止まって、深呼吸することを薦めるね。・・・どんな場合にだって、幾つかの選択肢はある筈だよ。そうでなければ、歴史とか未来とか、そう云った概念は存在しなってしまう。・・・最悪の選択だけは、是非避けて欲しいと思ってる。 ありがとう。・・・感謝してるよ。
どうしてこうなってしまったのだろうかと、考えていた。劇はその脚本通りに淀みなく進んでいる、観客は身動きができない程の窮屈な椅子に押し篭められて、退屈な舞台を観せられている、・・・。誰も望んで座っている訳ではない、・・・。押え付けられるような力を感じながら、頭の中では立ち上がることばかりを考えていた。 -Nov/15/1997-
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