[小説 時] [70 証拠] |
70 証拠
これは単なる憶測だけどね。そうでしょう。そんなことは、ある訳がないわよ。だって、・・・。 それに答えられるのは、残念なことに、院長だけだ。 馬鹿なことは言わないで頂戴。 ・・・それとも、何か証拠があるの? 証拠はない。 でも、そう言い切るからには、何かあるからなんでしょう? 思い出して欲しい。入院してから病院を出るまでの間、お母さんのことで、院長以外から何か話を聞いたことがあった? なかったろう?・・・説明は何時も院長一人だった。執刀医が同席していても、まるで自らが執刀したかのような態度だ。何故だろう?そうさ。・・・事情を素早く飲み込める医師が必要だった。その結果、彼が選ばれた。説明や説得に時間をかけている状況ではなかったからね。と云うことは、恐らく、院長の才覚じゃない。 そんな、・・・。どうかしてるわよ。 まだある。・・・あの時、車を運転していたのは秘書なんかじゃない。 その話は聞いたことがあるわ。でも、単なる噂でしょう?・・・お父さんも、気にすることはないって言ってたもの。 いや、これは事実だよ。・・・公にはならなかったが、証人もいるし、お父さんも知ってることだ。 どう云うことなの? お父さんもお兄さんも忙しいだろうね。いや、これからかな。・・・でも、残念なことだけど、うちにこれだけの工事を請け負える程の実力も実績もある訳じゃない。こうなったのは、お母さんのことがあったからだ。・・・この話があったのは、事故の次の日だったよ。話を聞いて、みんな大いに満足だった、と云うよりも驚いただろうね、きっと、・・・。思ってもみなかったような話だったから、・・・。さすがに、何かを期待してのことだと云うことはすぐに解った。そこで、任期満了までは会長職に留まる、事故のことは蒸し返さない、・・・そう云うことで手を打った。全く素早い判断だった。 でも、それとどう云う関係があるの? だけど、少し読みが甘かったね。何故あんなに急ごうとしたのか、何故あんなに過分な玉串料を包んだのか、その意図をもっと良く考えてみるべきだった。結論を出す前に、知っておくべきことがたくさんあったのに、・・・領収印を押してしまった。・・・もう、包んだ方の本当の狙いに気付いても、後の祭りだ。 はっきり言いなさいよ。 はっきりしてるじゃないか。・・・選挙の結果は、新人なのに圧勝だった。・・・そして、お父さんは辞めた。お母さんを轢いた男のために動き回ることや、悶々としながら任期まで勤め続けることが、どんなに辛いことか、解るよね?・・・それが理由だった。 ・・・・・! -Nov/15/1997-
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