[小説 時] [81 大物] |
81 大物
秋の河原に降りたのは久し振りのことだった。水嵩はなかったが、幾らか冷気を含んだ風が川面を撫でながら渡ってきた。鳥や虫の歓声が賑やかだった。草いきれが、水の冷たさが心地良かった。橋の上を行き来する車の音も、鉄橋を渡る列車の音も、時折聞こえる草摺れの音も、此処へは遅れてやって来る、急ぐこともなく、急ぐ人もいない、・・・。釣の道具を用意して来れば良かった、・・・。 釣れる保証はないぞ。 別に、魚を釣りたいと云う訳じゃないんです。 こんな格好で、魚の外に何が釣れるんだ? 「時」です。 ほう。・・・この年齢になるまで、川でそんなものが釣れるとは知らなかった。餌は、何が良い? 何も要りません。 そうか。・・・それならまず、帽子を被れ。長期戦になるだろうからな。 実は、あまり待つ訳にはいかないんですよ。 獲物を手に入れようとする時には、焦りが禁物だ。まずは慎重に場所を選ぶ、そして、じっくりと待つ、それが要領だな。・・・場所は此処で良いのか? ええ。 よし。それなら後は当りがあるまで待つとしよう。 自分の希望としては、釣り上げるまで、どんなことをしてでも待ちたいんです。只、一方に大事な約束があって、その時間までもう幾らもない、・・・。 気が散っていては来るものも来ないぞ。・・・待てるまで待って、それでもだめなら、釣りの方は仕切り直しにすれば良い。それまでは無心になることだ。 獲物は大物なんです。跳ね回って連れに危害を及ぼすかもしれません。だから、一緒になる前に、どうしても釣り上げたいんです。 そんなことじゃ釣果は期待できんよ。腰を据えないと、獲物には逃げられる、約束の時間には間に合わない、・・・結局そう云うことになる。 -Jan/11/1998-
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