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[小説 時] [84 異夢]

84 異夢

 愉しくない?
 まさか、そんなことはない。
 嬉しい?
 嬉しいさ。・・・上等な天気、久し振りの休暇、懐かしい街、良い女、・・・。曲がるよ。
 まっすぐじゃだめなの?
 構わないが、幾ら泳ぎが上手でも、この陽気では後悔すると思うな。
 意地の悪い言い方ね。・・・でも、見たいな、海。
 その細い脚に、これ以上の負担を掛けたくない。
 ありがとう。・・・でも、曲がるのはこれを最後にしてね。
 そうしよう。
 曲がるのはもうたくさん、・・・。
 約束するよ。・・・もう少しだ。
 ねえ、・・・聞いても良い?
 良いよ、何でも。
 何時か一度聞いてみようと思っていたことがあるの。
 何?
 あなたの得意な、その「もう少し」って、わたしにとっても同じ位「もう少し」なのかな、って、・・・。
 どう云う意味?
 前に、・・・づっと前に、あなたは、今と同じように「もう少し」って言ったわ。覚えているわよね。・・・それから、どの位経ったと思う?
 そうだったかな。
 あなたにとっては、その程度だったかもしれないけど、でも、わたしにはそうじゃなかったのよ。・・・あの一言がなかったら、此処にいて、あなたとの禅問答に耐えてみようなんて、とてもそんな気にはならなかったでしょうね。
 禅問答?・・・そうじゃないさ。「以心伝心」だよ。
 そう云う難しい言葉は知らないけど、「同床異夢」なら知ってるわ。
 なかなか、洒落た会話だ。
 ねえ、・・・わたしは、理由も無く此処にいる訳じゃないわよ。
 そうだろうね。
 「洒落た会話」がしたくなって、わざわざ此処までやって来た訳でもないわ。
 それじゃ、きっと、・・・久し振りに、顔が見たくなったんだろう?
 こんなところで、可笑しくもない冗談を聞かされるとは思わなかった。
 違うの?
 ええ、違います。
 がっかりだね。

 まだ?
 もうすぐだよ。
 見える?
 何が?
 これから行こうとしているところ、・・・。
 あの建物の向こう側だよ。それとも、そう云う答えじゃ満足して貰えなのかな?
 のんびりしてたら、実が落ちてしまうんじゃない?
 大丈夫。
 急いでね。折角の実を、台無しにしたくないの。

-Jan/11/1998-

・・・つづく・・・



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