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[小説 時] [86 仔羊]

86 仔羊

 掛けない?・・・もう仔羊が泣き出しそうだわ。
 もう少し、座り心地の良い椅子があるよ。・・・此処は少し寒い。
 そうね。・・・でも、懐かしい。・・・あの時、あなたはまだ小さかった。こんなに大きくなるなんて、想像してみたこともなかった。
 そう云えば・・・そう、確かに一人、小さい子がいたね。
 そんなことは、どうでも良いの。・・・それより、あなたが此処へ来たかった訳を、わたしは知ってるのよ。・・・兄さんが言ってた。本当は、二人だけで此処へ来たかったんでしょう?・・・でも、二人だけで出掛けるなんて言い出したら、反対されるのは分かってた。だから、考えた。そうでしょう?
 口の軽い男に碌な男はいないと云うのは、本当だね。
 わたしだけが中学生で、寂しかったわ。
 大はしゃぎで、とてもそんなふうには見えなかったけど、・・・。
 あの人、どうしたかしら?
 もう過ぎたことだよ。
 解るわ。・・・思い出したくないことよね、わたしの知ってる顛末が本当なら、・・・。ごめんなさい。さあさあ、昔のことより、これからの話。
 思い出したくないことは、誰にでもあるさ。
 怒った?
 いや。・・・部屋を出る時から、今日は、どんなことがあっても我慢することに決めていたよ。そんなことは、幾らでもない。
 良い心掛けね。でも、あなたの我慢は今日だけでしょうけど、わたしは、今までづっとそうだったわ。・・・良いお天気ね。・・・本当は、もっと早く来たかった。
 何時だって大歓迎さ。

-Jan/18/1998-

・・・つづく・・・



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