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[小説 時] [98 咽喉]

98 咽喉

 乾杯。
 何に?
 そうだね。久し振りに会えたことに、・・・。
 いやよ。会おうと思えば、何時だって会えたんだもの。
 二人の将来に、・・・。
 将来? あれば良いわね。
 あるさ。
 そうかしら? わたしは、あなた程楽天家じゃないわ。
 その話は後ですることにして、折角の「On the Rock」が、もう「On the Gravel」だよ。是非とも、これが「砂の上」になる前に、乾杯だけでも済ませたいね。
 それもそうね。・・・乾杯。

 美味しい。
 そう、・・・何時も、最初の一口は特別なんだよ。今の自分に必要なものは、何を差し置いてもこの一杯だ、そして、この一杯には、何の努力も無しに有り付くことはできない、そう云う思い入れがあってね、・・・。思い入れのない酒は、退屈で、苦いから、・・・。
 きっと、何時も苦いお酒を飲んでるんでしょうね?
 いや。・・・そんな時には、此処へ来ないから、・・・。
 誰もいない部屋へ帰る?
 そうだね。そんな時には、自分の部屋が良いよ。・・・部屋には、一年前に買った地図があって、それには、朱い丸が二つ書き込んである。一つは此処で、もう一つは、・・・事故のあった場所だ。・・・その二つの丸だけが、自分の総てだと云うことを確認することができる。
 まるで偏執者ね。
 そうかもしれない。・・・只、あの時から、づっと、咽喉に閊えているものがあって、それは、頻りに神経を苛立たせる。
 あなただけじゃないわ。
 多くの人は、恐らく、不本意ではあっても、それに耐えてしまうだろう。だが、自分はそうしたくなかった。何時までも、それに振り回され続けるのは堪らないことだ。だから、できるだけ早く取り除きたい、・・・それはどんなことにも優先する、それが咽喉に残っている限り、どんなことも始まらない、・・・そう考えていた。
 わたしは、あなたの咽喉を診に来た訳じゃないわ。

-Feb/22/1998-

・・・つづく・・・



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