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[小説 時] [123 溜息]

123 溜息

 最終の列車まで僅かだと云うのに、駅は混雑していた。誰もが、寒風の中で待っていた。列車が着く度に、それが自分の待っている列車ではないことに気付く時の落胆とか、遅々として進まない時計への怨嗟とか、開いた扉から吐き出される懐かしい匂いを感じることのできた時の安堵とか、その匂いを僅かばかりの辛抱の後には自分のものにすることができると云う期待とか、・・・それは、圧倒される程だった。

 暖房の届かない通路にまで人を乗せた列車は、定刻を過ぎて動き出した。通勤の僅かな時間の混雑に、思い付く限りの不満を感じる人達が、気の遠くなるような長い時間の混雑に、黙した儘耐えていた。それは、自分が待っていたもの、自分を待っているものに、間違いなく近づきつつあることを実感できるせいなのだろうと考えていた。それだけが、全てを解決してくれると、信じているのだろうと考えていた。一体、そうでもなければ、誰がこの寒さや混雑に耐えようとするだろうか、・・・。

 深刻な悩みを抱え込んでいるかのように、動き出しては止まり、止まっては動き出す列車に乗って、ようやく乗り換えの駅に着いたのは明け方近く、・・・。長い間の拘束から解放された時の、溜息に近い歓声が起こった。

 寒い駅で小一時間程も待つと、始発の列車がゆっくりと滑り込んで来た。開いた扉からは、温かい風が流れ出た。しかし、その無闇に効いた暖房も、扉が開かれるたびに吹き込む冷たい風を追い払うことはできなかった。窓に纏わり付いていた雪が、少しづつ溶け始めた。

-Apr/26/1998-

・・・つづく・・・



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