[小説 時] [125 手酌] |
125 手酌
さあ、一杯いけ。戴きます。 変わったことはないか? 別に、何も、・・・。 面倒なことになりそうだな。・・・専らの噂だぞ。 何のことですか? お前のことだ。 どう云うことか解りませんが、・・・。 性懲りもなく、事故のことを根に持っているそうじゃないか? それは認めます。 お前があの娘とのの約束を反故にしたのは、事故のことで、何か考えがあってのことだろうと云う噂だよ。本当なのか? どんな考えですか? そこまでは分からんよ。そこのところはお前の口から聞きたいが、どうなんだ? なかなか良くできた噂ですね。 お前のことだから間違いはないと思うが、その年になったら、回りにも気を配らなくちゃならんと云うこと位は覚えておけよ。お前一人の問題では済まんことがあるんだからな。 これが済んだら、・・・後は、大人しくしてますから、・・・。 何のことだ? いや、大したことじゃありません。 とにかく、あまり面倒を起こすなよ。 気を付けることにします。 どうやら、この二三日は暖かくなりそうだ。雪の心配をしなくて良ければ、ゆっくりと酒を飲めると云う訳だ。・・・春になったら、釣でもどうだ? 良いですね。竿を担いで、少し遠出しませんか? そうだな。それもなかなか良い。・・・そうしよう。 何処へでもお供しますよ。 年寄りとの約束は、破るんじゃないぞ。 最後の一本は、取分け心地良い匂いがした。 数年前に造り酒屋の長男と一緒になった従姉は、年の瀬になると、その焼酎のような匂いのする新酒を届けて来た。叔父は、年が明けるのを待ってその酒の封を切り、一人手酌で飲むことを楽しみにしていた。 こいつがあれば、・・・。叔父は嬉しそうに白い酒の入った徳利を挙げた。 -Apr/26/1998-
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