[小説 時] [133 点睛] |
133 点睛
雪見窓からは穏やかな冬の庭が見えた。しかし、何処か点睛を欠いているような気がしてならなかった。・・・そう、此処に一つだけ足りないものがある、・・・雪、・・・。充分に暖房の効いた部屋で新聞を広げながら、此処の部屋と自分の部屋との違いは、較べようもない程のこの暖かさなのかもしれない、それこそが、長い間手に入れようとしていたもの、しかし、結局は手に入れることができなかったもの、だったのかもしれない、・・・此処から動かずに済むなら、どんな犠牲を払っても良い、・・・だが、無理なことだ、そんなことは、できる筈がない!・・・何故なら、もう暫くすれば、雪は、間違いなく降り始めるのだから、・・・。 廊下を通り過ぎる足音が繁くなり始めた。時折、聞き覚えのある声が届いて来た。 やあ、約束通りだな。・・・安心したよ。 おめでとう。 おめでとう。・・・やっと段取りが済んだ。何時もより人数が多いから、大忙しだったよ。これで後は、無事に済んでくれれば云うことなしだな。 ありがとう。礼を言うよ。 何のことだ?・・・礼を言われるようなことは何もしてないよ。 いや、そんなことはないさ。・・・自分の我儘に、これまで辛抱強く付き合ってくれた人が大勢いたよ。その人達に、お礼を言っておきたい。取分け、お前には、ね。ありがとう。 誰も、お前のそんな言葉を聞きたいとは思っていないだろうな。 -Aug/15/1998-
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