[小説 時] [149 躊躇] |
149 躊躇
玄関から車までの僅かな距離が一苦労だった。殆ど目を開けていることさえできない男は、肩に凭れ掛かりながら、飲み直そうと言った。それも悪くはない、・・・。運転手が手を貸してくれた。そして、死人のような男が誰かを確認したようだった。 雪は相変わらず止むこともなく、かと云って、急いでいる様子もなかった。 お願いします。 ええ。 行き先は伝えてあるから、後は運転手に委せておけば良い。 何をどう言えば良いのか分からないよ。 何も言う必要はないさ。 お気を付けて、・・・。 ありがとう。 車の中は温かかった。運転手は席に収まると後ろを振り返った。それが男との打ち合せ済みの合図ででもあったかのように、車は動き出した。 男は目を閉じた儘、口を開けて苦しそうに息をしながら、頻りに何かを言おうとしているように見えた。肩に手を遣ろうとした時、車の搖れに委せて身体を揺すっていた男は、それまで自分の足を置いていた場所に転げ落ちた。鈍い音がした。車は、しかし、躊躇することもなく、走った。 -Dec/20/1998-
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