[小説 時] [150 意識] |
150 意識
今は二人きりだ、・・・。不思議だった。・・・長い間、こうなることを期待し続けていた。そして、何時かこうなることは分かっていた。その「何時か」が現実となった。づっと待っていた、しかし、もう待つ必要はない、・・・或いは遅過ぎたかもしれない、だが少なくとも、それはこれからのことを予言するものではない、・・・。車は、既に全く音のなくなった街の凍り付いた道を恐る恐る走った。何度目かの曲がり角を曲がり切って、狭い路地に入り、幾らか進んで車は止まった。 黒い扉の店が目の前にあった。男は床から起き上がった。運転手はドアを開けて男の腕を取った。意識のない酔払いを引き摺り降ろすのは骨の折れる仕事だったが、運転手は何も言わなかった。男の方も、こう云う場合の手荒い扱いには馴れているのか、不満を言う訳でもなく促される儘に車を降りた。 運転手は金を受け取らなかった。 大きな荷物を肩に掛けて歩き出すと、それまで殆ど口を利かなかった運転手が、一人で大丈夫ですかと言った。ありがとう、大丈夫、何しろこれからは、全てを一人でしなければならないのだから、・・・。 道路の雪は片付けられていたが、側溝には雪が詰まっていた。しかし、この凍るような夜になっても、何日か続いた陽気のせいだろう、足を踏み入れると雪は呆気なく崩れ落ちた。後には呑込むような黒い口が開いた。 扉を開けた。目が馴れれば薄暗い店の照明も、殆ど明りのない世界からの客には眩しく感じられる、・・・。狭い店の入口近くの席で煙草をくゆらせていた女達が、一斉に立ち上がった。二人は男の腕を取るために、一人は脱がせた上着を受け取るために、一人は酒の用意をするために、一人は一見の客に席を譲るために、・・・手馴れた動作だった。全てが、あの運転手と同じだった。 -Dec/20/1998-
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