[小説 時] [152 軽口] |
152 軽口
何時もなら、皆さんと一緒においでになるのに、今日はどうしたのかしら?急に温泉に浸かろうと云う話になって、みんなまっすぐ出掛けましたよ。彼もその心算だったようなんですが、やはり此処へ寄りたかったんでしょうね。 あなたはいらっしゃらないんですか? いや。彼を家まで送り届けたら、まっすぐ帰ることにしますよ。 あの男はわたし達が送りますから、ゆっくりなさって下さい。 幹事から頼まれていることですから、・・・。それに、何か事故があっては、申し開きができませんからね。 まさか、そんなこと、・・・。 長過ぎませんか? もうすぐですよ、きっと、・・・。 疲れていた。酒はもう止めた方が良い、自分でも聞き取りにくい喋り方だ、・・・まだ幕を引く仕事が残っているのだから、・・・。 たっぷりの時間を掛けて男が奥から姿を現した時には、大夫具合いが良くなっているようだった。平衡を取ることに不安はあるようだったが、目を開けて歩いていた。宴席に着いて以来、自らの意志で歩いているのを見たのは初めてだった。 カウンタの内側で手持ち無沙汰を託っていた女に声を掛け、今度は確かにピンチの入ったグラスを受け取って席に戻って来た。そして、意外な男が自分の目の前に座っていることに気が付くと、また酔いがぶり返しそうだなと、冗談とも本音ともつかない軽口を言いながら腰を降ろした。 -Aug/1/1999-
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