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[小説 時] [165 茶番]

165 茶番

 遅くなって済まなかったな。
 いや、・・・。

 大変!
 どうかしましたか?
 急いで、・・・。急いで!
 何をあんなに慌てているんだろうな?・・・まさか、・・・。
 そう、・・・その通りだよ。
 お前!・・・本当なのか?
 あそこに、・・・!

 救急車を呼んで下さい。警察でも良い。急いで!
 こんなことは、・・・茶番だ。
 そんなことを言っている場合じゃない!・・・話は後だ!

 二人掛かりでも、引き摺り上げることはできなかった。コートを脱ぎ、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、スボンの裾をたくし上げた。水は氷のように冷たかった。運転手が手を貸してくれなければ、引き上げることは諦めなければならなかったかもしれない、・・・。

 ようやく禊を終えた男は、目を開けてはいたが全くの無表情だった。
 靴下を履こうとする足に感覚がなかった。

 けばけばしい光を放ちながら警察の車が着いた。すぐに、二人の警官が動く様子のない男を検分し始める、・・・それから間もなく、救急車が着く、・・・。そして、手際よく男を車に運び込むなり、再びけたたましい勢いで走り去った。

 暫くして、残った四人は、警察の車とタクシーに分乗して警察署に向かった。暖房の効いた車の中で、徐々に、足の、安堵とも不安とも云えない、感覚が戻り始めていた。

 助手席の警官は、前を向いた儘、質問を続けた。しかし、殆ど答えられなかった。質問の意味が良く理解できなかったし、なかなか止まらない身体の震えに苛立ってもいた。・・・何よりも、口を開くことが怖かった。一旦口を開いてしまえば、抑揚の無い言葉は暴走し始めるに違いない、・・・。今は、自らを抑え切れると云う自信が全くなかった。

-Oct/3/1999-

・・・つづく・・・



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