[小説 時] [180 知恵] |
180 知恵
明後日には帰りますが、構いませんか?改めてご足労をお願いすることがあるかもしれませんので、何時でも連絡だけは取れるようにしておいて下さい。それだけで結構です。 どれ位かかるんでしょうね? 今は、できるだけ早くとだけしか言えませんが、それ程じゃないと思いますよ。 そうですか。是非、そうお願いしたいですね。ところで、最後に一つお聞きしたいんですが、一年半程前の交通事故のことは、ご存知ですか? 勿論、知っていますよ。担当ではありませんでしたが、・・・。 残念なことに、わたしは、あの事故に関する警察の結論には満足していません。此処で、それを蒸し返そうとは思いませんが、せめて今回は、誰にでも納得できる結論を出して欲しいと、思っています。同じ過ちを二度は繰り返さないで欲しい、・・・それが、・・・それだけが望みです。 わたしも同じです。ご心配には及びませんよ。 それを聞いて安心しました。 そう、お預かりしていたマフラーを、お返ししなければなりませんでしたね。 警察署を出たのは、午を過ぎていた。 冷たい空気を吸い込みながら、長い時間を費して得ようとしたものは、本当にこれだったのだろうかと、考えていた。仮に、それが望んでいたものの全てだとしたら、何と云うことだろうか、・・・。 だが、それは違う、・・・それは、あるが儘に受け入れるべきものだ、・・・。例えそれが、どんなに認め難いものであったとしても、・・・。 人生は、選択の繰り返しだと言って良い、しかも、常に最善が求められる、そんな時に、人は何を頼りに判断しようとするだろうか、・・・。そう、経験、・・・恐らく、それを於て他にはない、そして、その信頼性は、自らも含めた幾億ともしれない同類が、これまで営々と築き上げて来た歴史にこそ由来する、・・・。それは、人が生まれながらに有する知恵の中でも、最も貴重なものの一つなのだ、一体、人は、そうでなければ、何度でも、同じ過ちを繰り返してしまうに違いない、・・・。 -Jan/22/2000-
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