[小説 時] [189 無言] |
189 無言
受話器を取った。回し慣らした番号をなぞりながら、何を話す心算なのだろうかと考えていた。おめでとう。 何が? 口を利いて貰えないかと思っていたよ。 話したくないの。切って、・・・。 先に切るのは嫌だ。多分これが、・・・。 切って! 最後だろうから、・・・。 切るわよ。 良いよ、何時でも、・・・。話したくなければ、話さなくても良い。無理を云える立場じゃないってことは解ってる。・・・待つよ、この儘、切れるまで、・・・何時まででも、・・・待つ。 待っても無駄よ。 分かってるさ。でも、待つよ。せめて、それ位のことは許して欲しい。他には、もう何もできないんだから、・・・。 お願いだから、・・・切って、・・・。 いや、・・・できないよ。 お願い、・・・。 それが、できないんだ。許して欲しい。 長い間、無言の儘の会話は続いた。 明りの下を乱舞する雪を眺めながら、・・・そう、どうしてあの時、尋ねてみなかったのだろうか、・・・。 人は、確かに、例えそれが何時来るともしれないバスではあっても、待つことができるかもしれない、だが、「時」はそれまで人を待ってくれるだろうか、・・・と。 気が付くと、カードの残度数はゼロを示していた。そして、電話は切れた。 -Jul/15/2000-
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