最初にクイズをひとつ。畑、辻、凪(なぎ)、噺(はなし)、栃、峠。これらの字の共通点は何か。へんもつくりも意昧もバラバラ、と思われるかも知れない。が、ひとつだけある。すべて国字であるという点だ。
国字は日本で独自に考案された和製漢字のことだ。数年前まで、国字の総数は千五百あまりとされていた。だが、私がインターネットで公開している「和製漢字の辞典」には二千七百を超える国字、国字説のある漢字が掲載されている。最大の国字データベースと自負している。
:::::::::: 「腺」「膵」は中国に輸出 ::::::::::
いきなり国字と聞いてもピンと来ない人が大半だろう。だが意外に身近な存在だ。たとえば、お寿司屋さんの湯飲みに彫られている鱈(たら)や鰯(いわし)。あれも国字である。「魚へんにヨワシで鰯とは、よくできたものだ」と思った人も多いだろう。日本製だから当然なのだ。粁(キロメートル)、粍(ミリメートル)、瓲(トン)など西洋の度量衡用語を表すのも国字。医学用語ではリンパ腺(せん)の腺、膵臓(すいぞう)の膵は、江戸後期に蘭医の宇田川玄真が考案し、中国に「輸出」された。
人名と地名も国字の宝庫。人名では草さんの(なぎ)や榊原さんの榊(さかき)、地名では山口県徳山市粭島(すくもじま)の粭などが国字だ。
ところで、埋もれた国字の発掘だけが国字研究ではない。ある意味でそれ以上に重要なのが、誤った説の訂正である。単に日本で考案されただけでは国字とは呼べない。同様の字がすでに他国で考案されていたということもあるからだ。
例えば、明治時代に人力車の意味で用いられた俥(くるま)。この字は一般に、一八六九年(明冶二年)の人力車登場に合わせて作られた国字といわれている。尾崎紅葉が考案したという俗説もある。かなり知識のある人でも俥は国字と考えているようだが、実は中国生まれの漢字だ。
中国の象棋(将棋)に「車」という駒があった。これを十三世紀ごろからにんべん付きで表記し、敵味方の向きをはっきりさせるようになった。人力車登場の六百年以上前である。ただ、俥を人力車の意味で使うのは日本独自の用法だ。
こんな例もある。一九二五年ごろに考案された(としょかん)。「図書館」を一字で表したこの文字は、昭和初期の雑誌『研究』で使われるほど日本で一般化し、中国でも「日本字」とされることがあった。だが、実はこの文字は杜定友という中国人が日本で考え出した。中国人が考案した以上、漢字と認定せざるをえない。
中国だけではない。古代史に登場する伽(かや)国のは韓国国字。女真文字のように、かつて異民族が漢字をもとに考案した文字や中国国内の方言文字にもきちんと当たらなければならない。
盲点がべトナムだ。古来中国移民の多い同国には、かつて字喃(チュノム)という独自の文字が存在した。京都の地名、椥辻(なぎつじ)の椥の字は国字説が主流だが、中国の「漢語大字典」には「ベトナムの地名に使われる」とあり、国字とは断定できない。
:::::::::: 読めぬ人名・地名調べて ::::::::::
様々な可能性を一つずつ検証する作業は、文字通り辞書との格闘だ。私の部屋には「漢語大字典」など中国の字典、「新撰字鏡」「倭玉篇」など日本の字典、韓国の字典、字喃の字典など、分厚い辞書が四方に積まれている。
学者でも文学者でもない、普通の公務員である私が国字の研究に手を染めたのは、仕事のデータ入力の際に時々、何と読むか分からない人名や地名にぶつかったのがきっかけだ。調べると、その中に国字があることが分かってきた。菅原義三さんの『国字の字典』など色々な辞典を調べるうち、国字の多様性にとりつかれてしまった。
:::::::::: 先達が「やって下さい」 ::::::::::
それまで日本で最大の国字辞典は『国字の字典』だった。だが、この本にも未掲載の国字や、国字でない字を国字とする誤りがあった。菅原さんにお電話で、そのことを指摘してみたら、「私はもう年だから、あなたやってください」と言われ、一段と国字研究にのめり込んだ。
国字の世界に足を踏み入れて十数年たった。その間、国内外の研究家や人名研究の大家、インターネットに強い同好の士と知り合うなど、様々な出会いがあった。もし私が大学などの研究者だったら、これほど自由な活動はできなかっただろう。この気軽さが、在野研究家の一番いいところだと思う。
「和製漢字の辞典」は私のホームページ(https://ksbookshelf.com/nozomu-oohara/)で見ることができる。様々な国字が掲載されているので、是非ご覧頂きたい。もちろん、典拠を付けた反論も心よりお待ちしている。
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