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【家康の関ケ原】

第一章 [家康の生い立ち
第二章 [家康の関ケ原までの主要な合戦歴
第三章 [家康の合戦
第四章 [豊臣秀吉の遺産
第五章 [家康の見ていた夢
第六章 [小山評定
第七章 [関ケ原合戦前夜
第八章 [慶長5年9月15日、関ケ原
第九章 [大坂の陣

資料 [関ケ原合戦関係略年譜
資料 [人物辞典]  工事中
資料 [地名・史跡名辞典]  工事中

資料 [関ケ原戦役図
資料 [関ケ原合戦関係要図

資料 [日本史用語]  日本史の資料を読むための用語集です。

資料 [参考資料

関ケ原合戦リンク



【家康の関ケ原】 はじめに May/6/1998

慶長5年9月14日甲寅(1600年10月20日)夕刻、東西両軍の合わせて十五万にも及ぶといわれる未曾有の将兵が、関ケ原付近に集結しました。秀吉亡き後の主導権を巡る争いに、終止符を打つためであるとされます。
そして翌15日乙卯(1600年10月21日)、この大軍が衝突しました。
しかし、すさまじいばかりの調略戦であったことに加え、野戦であったことや地形なども原因していたのでしょうが、戦いはわずか半日で終わります。
全国の大名をことごとく巻き込んだという、日本史上、かつてない戦闘であった「関ケ原合戦」は、徳川家康を総大将とする東軍の圧倒的な勝利で幕を閉じました。

そして、この戦いの後、大阪の冬・夏の陣を経て、徳川の長期政権が成立します。

WEB上には「関ケ原合戦」についての詳細な情報があります。
そうした労作との重複を避け、このページでは、家康の関ケ原に至るまでの足跡を辿りながら、家康の性格を下敷きにして、「関ケ原合戦」を考え直してみようと思います。

内容に関しましては、可能な限り確認したつもりですが、誤りなどがありましたら、是非ご指摘いただきますようお願い申し上げます。

参考にさせていただきました数多くの資料([参考資料]のページに載せてあります)の著者・出版社及び関係者の方々に、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。
とりわけ、中西信男氏の【関ケ原合戦の人間関係学-歴史心理学から見た家康の性格】は、このページの全てにおいて参考にさせていただいております。重ねてお礼を申し上げます。
また、参考にさせていただいた資料は、文末の【 】内に示しましたので、是非ご一読ください。

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